日本製鉄の森高弘副社長は3月7日、業界最大規模となる米鉄鋼大手USスチール買収計画の実現に向け、その鍵を握ると目される米鉄鋼労働組合(USW)のデービッド・マッコール国際会長とペンシルベニア州ピッツバーグで会談した。
140億ドル(約2兆1250億円)規模の買収実現には、多大な政治的影響力を持つUSWの賛同を得ることが唯一のハードルと受け止められている。森氏はマッコール氏に対し、USスチールに14億ドルの追加投資を行い、買収に起因するレイオフや工場閉鎖を行わないとのコミットメント提示を確約した。
協議に詳しい複数の関係者の話では、森氏がコミットメントについて説明後、USW側が文書を読む間に8分間の沈黙が続き、ようやくマッコール氏が重い口を開いた。会合は1時間足らずで終了した。
この会合以降、マッコール氏とUSWは雇用確保を巡る懸念を理由に買収計画への反対を表明。一方で、さらなる交渉への扉は開いたままにしている。
労組は通常、企業買収の問題でこれほどの影響力を持つことはない。しかし、日鉄によるUSスチール買収計画は米大統領選挙の年の政治的な渦に巻き込まれている。USWの反対を受け、ブルーカラー労働者の票を取り込みたいバイデン大統領とトランプ前大統領も公に反対姿勢を示している。
こうした混乱は、米国の主要同盟国の一つである日本との関係に緊張をもたらしかねない恐れがあると同時に、激戦州の有権者の票獲得のための政治的判断が企業の経営戦略に大きな影響を及ぼしていることを浮き彫りにしている。
ソロモン・ブラザーズでの勤務も含め、アナリストして40年間にわたり鉄鋼業界をカバーしたミシェル・ギャランター・アップルバウム氏は、「あらゆる方面に政治が絡んでおり、こうした大型買収計画にとって現在は非常に厳しい局面だ」と指摘した。
政治的な反対の声は昨年12月の買収計画発表の直後に上がった。ペンシルベニア州選出のフェターマン上院議員(民主)はピッツバーグ郊外ブラドックにある自宅からUSスチールの製鋼所を背景にビデオ撮影し、「彼らが外国に身売りするというのは言語道断だ」と話した。
やはり同州選出のケーシー上院議員(同)も計画に疑念を表明し、ホワイトハウスのブレイナード国家経済会議(NEC)委員長は国家安全保障の観点から米当局による精査に値するとの考えを示した。
その後、バイデン大統領は3月14日、「米鉄鋼労働者には私がついていると伝えた。それが私の本心だ」とする声明を発表し、USスチールに対して米国資本の企業として存続するよう求めた。
USスチールの株価は同日の取引で、日鉄による買収計画発表直前の12月半ば以来の安値に下落。現在は日鉄による1株当たり55ドルの提示額を約25%下回って推移している。
審査
買収計画は現在、対米外国投資委員会(CFIUS)による審査対象となっている。通常はロシアなど米国に敵対的な国々が対象になるプロセスで、長年にわたる米国の主要同盟国である日本の企業が審査を受けることはない。また、審査結果は法廷で争われる可能性もある。
ピッツバーグなどを選挙区に含むデルジオ下院議員(民主)はインタビューで、「当初の計画を阻止すべきだと思う」とした上で、「どのような結果になるとしても、弁護士が双方の主張を展開することになるだろう」と述べた。
そうであっても、バイデン大統領の動機は日本を特定して難色を示すことではなく、ペンシルベニアなど激戦州で有権者の心をつかむことにあるのは明らかだ。
トランプ氏は2016年の大統領選でペンシルベニア州で勝利し、当選を果たした。同州で生まれたバイデン氏は20年大統領選で同州で勝利を収めた経緯がある。そして、今年の大統領選でも両氏が同じ労働者層の票を取り込もうとしている。
トランプ氏は自分が当選すれば計画を「絶対に」阻止すると表明。バイデン大統領は計画阻止を明確に約束するまでには至っていないものの、USスチールが米国の鉄鋼会社として国内で保有されることが重要だとしている。
ブルームバーグがインタビューした事情に詳しい十数人の関係者は、買収に対するバイデン大統領の強い姿勢でも、計画に終止符が打たれたとは考えられないと話す。日鉄による買収以外のシナリオに問題や二律背反が見つかったり、大統領の権限に関して訴訟が提起されたりすることも含め、同社の買収が最終的に完了する可能性があるという。関係者の多くは、11月の大統領選の前に決定が下されることは予想していない。
日鉄は3月27日付で正式なコミットメントを盛り込んだ書簡をUSWに送付したが、マッコール氏とマイク・ミルサップ交渉委員長は組合員向けの声明で書簡について、「無意味な紙切れ」と評し、「空約束と空疎な言葉がまたしても提示されたに過ぎない。労働者と退職者に対する義務を回避できるような代物だ」と受け入れを拒んだ。
マッコール氏とUSWは、USスチール買収の入札で日鉄に競り負けた同業クリーブランド・クリフスによる買収を引き続き支持しており、同社のローレンソ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)もUSスチールに新たな提案を行う可能性を示唆している。クリーブランド・クリフスの広報担当者のコメントは得られなかった。
日鉄の買収計画をフォローしているアナリストや当局者は、必ずしも実現の可能性がゼロになったわけではないが、道筋は不確実であるとの見解でおおむね一致している。幾つかの選択肢が考えられ、それには法廷闘争の可能性も含めた形での日鉄による買収完了や、クリーブランド・クリフスや他社による買収、全てがご破算になりUSスチールが単独で存続するケース、複数の買い手による分割などが想定される。
反トラスト法
いずれの選択肢にもリスクや複雑さが伴い、政治的な難題がある。クリーブランド・クリフスが新たな買収案を提示し、USスチールとの合併を目指す場合、反トラスト法(独占禁止法)上の深刻な懸念を生じさせかねず、鉄鋼業界と同様に政治的影響力を持ち、主要ユーザーである自動車業界も警告を発している。
USスチールとそのアドバイザーは、クリーブランド・クリフスへの売却となれば、同社が提案した20億ドルを大幅に上回る70億ドル規模の事業売却が求められるだろうと主張する。
一方、日鉄の発表文には計画撤回をうかがわせるものは一切ない。合意がご破算になった場合、5億6500万ドルもの違約金支払いを求められることになるため、組合加盟の各労働者に5万ドルずつのボーナスを約束する方が理にかなうと複数の投資家は説明した。
米シンクタンク、ハドソン研究所のウィリアム・チョー氏は日鉄について、労組加盟労働者への働きかけに引き続き重点的に取り組むだろうと分析する。CFIUSの審査スケジュールは不確実なままだが、バイデン大統領は正式に計画を打ち切らせる状況には至っていない。「米市場や鉄鋼生産技術の品質への信頼を踏まえれば、そうした状況になるまで、日鉄は買収完了を強く求めるだろう」とチョー氏は話した。
原題:Japan’s US Steel Takeover Creates Election-Year Firestorm(抜粋)
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2024-04-10 07:21:35Z
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