2020年6月26日、静岡県庁でJR東海の金子社長と静岡県の川勝知事の面談が行われた。報道はおしなべて結果に否定的だ。「トップ同士の握手で全てが解決する」という期待の裏返しといえる。会談後、知事が会見で「準備工事は認めない」「JR東海は不誠実」などと発言したという。トップ面談の雰囲気とは違う発言に、報道陣もJR東海も戸惑いを隠さない。
この面談はYouTubeでリアルタイム中継され、現在もアーカイブ配信されている。何度も動画を見て、その背景を探っていくと、どこで双方の意識がズレたか見えてくる。どうやら用語の定義が問題のようだ。後半は「工事許可の手続き」と「川勝知事の同意のような返事」に注目しよう。(前編はこちら)
川勝知事が提案する「富士山一周観光ルート」
[0:50:15] 富士山一周観光ルートの提案(冒頭の数字はタイムスタンプ)
川勝知事はリニアの活用について、「リニアで甲府に来て、甲府から世界で最も遅い特急列車で静岡に来て、静岡から東海道新幹線で帰る」という観光ルートを提案した。これは川勝知事の持論で、2016年の全国知事会で「富士山一周ルート」として提案した。17年5月の関東地方知事会議においても「リニア中央新幹線を甲府まで暫定開業し、東京オリンピックで観光ルートとしてアピールしたい」と発言している。同年10月の関東地方知事会議では山梨県知事から「地方創生回廊」と名付けて再提案された。
この案について、川勝知事は「JR東海がオリンピックに向けて宣伝していない。南アルプス観光も組み入れられるのに、そんな話もしない。ただ名古屋、大阪開業だけで他の案はないのか」と語りかけた。危機管理の面も言及し、14年の「平成26年豪雪」で山梨県は雪に閉ざされた。静岡からも救援ヘリを出した。リニアが開通していれば、リニアは「空飛ぶ地下鉄」として役立ったと指摘した。それも含めて富士山一周は夢のある話として同意を求めた。
この案に対して、金子社長は「リニアの妙味は東京・大阪間の直結にある」と返した。これは大人げない返答だと思う。金子社長は「甲府暫定開業」の再提案と受け止めてしまったかもしれない。しかし今回、川勝知事は明確に甲府暫定とは言っていない。なぜなら、ここまで何度も説明しているように、リニアの価値は分かっているからだ。それを金子社長は「途中だけ作っても……」と言い訳をしている。これは惜しい勘違いだ。
川勝知事としては「富士山一周ルートをJR東海がバックアップしてくれるなら、静岡県民にもリニアのメリットは少なからずある」と考えている。そこにリニア推進の意味を見つけたかっただろう。それを金子社長はくみ取れなかった。せめて「開通のあかつきには、東海道新幹線と絡めた観光ルート開発も一緒にやりましょう」と言えば良かった。
本題に影響が少ない問題に関しては、相手の意向に同意する。そうすればこちらの希望も通しやすい。大きな目的のために、小さな事柄は相手に同意する。営業経験者なら誰もが知っている交渉術のキホンだ。
関連記事
ヤード工事を巡る「次のステップ」とは?
[0:57:00] ヤード工事には協定が必要
規定の1時間に近づき、再度金子社長から核心に切り込んだ。「有識者会議の結論が出るまでトンネルは掘らない。しかし、有識者会議で方向性(トンネルを掘ってもよい)が出た場合はすぐに掘れるように、ヤードを作る工事は今から着手したい」という趣旨だ。
川勝知事は「申し訳ありませんが」と前置きした上で、「有識者会議は国交省がJR東海に指示するための会議であり、静岡県としては、会議の結果を持ち帰り、水資源、生態系、地質の専門家会議で検討し、地元の方々に理解を得たところで次のステップになる」と返した。
ここで曖昧になっているところは、川勝知事の「申し訳ありませんが」と「次のステップ」の意味だ。金子社長は「申し訳ありませんが」を単なる前置きだと思ったかもしれない。しかし、「この場では返事はできませんよ」という意味の「拒否」とも受け取れる発言だ。そして「次のステップ」はどうか。金子社長は「トンネルを掘る」と受け止めた。しかし、川勝知事としては「ヤード工事着手」とも考えられる。「有識者会議が良しとしても、専門家会議を経てからでないとヤード工事のステップには進みませんよ」だ。この後に続く「有識者会議はエンドではない」という言葉ともつじつまが合う。
金子社長は期待して回答を急ぐあまり、早とちりをしているのではないか。ここを誤解したまま「その手前の工事」を認めてほしいと念押し、いや、懇願という態度だ。
川勝知事はこれに対して「分かりました」と返事をした。これはおそらく「金子社長の言い分を理解した」という意味で、「工事OK」という意味ではない。そして、リニアが作る東京〜名古屋〜大阪間のメガリージョンに理解をしつつも、識者によるリニアに否定的な意見を披露して、回答を急ぐ金子社長をけん制する。「コロナの影響で新幹線の乗客が減った」「リモート会議が普及した」など。これらの問題を踏まえてリニアに取り組まなくてはいけない。
さらに「ヤード工事に関しては、条例(自然環境保全協定)がある。今までは5ヘクタール以内だったからどうぞやってください、だった。今回は5ヘクタールを超えるから協定が必要だ」。これに対して金子社長は「協定の準備はもちろんする。しかし、キーポイントは(静岡県中央新幹線対策)本部長の難波副知事と、その上司である川勝知事のご了解だ」と要請する。
関連記事
しかし川勝知事は「最大の理解(を求める相手)は国民だ」とはぐらかした。続いて、有識者会議について全面公開としなかった国土交通省の態度を非難。国交省は金子社長にも、無礼ではないかとまで言及(金子社長は否定)した。新型コロナウイルス対策の専門家会議と比較し、国交省を「こわっぱ役人」と激しく断罪する。返す刀で、「われわれは運命共同体」とも言う。まるで「共通の敵を作れば仲良くなれる」というような幼稚な考え方だ。そして、専門家会議の公開と富士山一周をやってもらいたいと述べた。
「国の有識者会議」は、県とJR東海の「中央新幹線環境保全連絡会議」の内容を検証し、JR東海の工事に対して具体的な助言、指導等を行っていく。しかし、静岡県は国の会議準備段階から「専門家会議」と呼んでいた。これは県の会議を「有識者会議」と捉え、区別するためと思われる。ところが国は「有識者会議」を正式名としたために、県の会議を「専門家会議」と呼ぶ人もいる。この面談では「国の会議」を「有識者会議」と呼び、県の会議を「専門家会議」と呼んでいる。話者によってどちらを意図しているか分からないことも、この問題を分かりにくくしている。
試される金子社長
[1:08:19] 試される金子社長
金子社長は苦笑いしつつ、身延線の活性化の話をする。そして一瞬、拝む手つきをしつつ、本題に戻す。「有識者会議を待たなければ(ヤード工事の)GOサインは難しいか。2027年開業の壁は越えられなくても、危機管理上は1日も早く着手したい」
この危機管理とは、事業遅延に対する諸問題とも取れるし、老朽化し改良工事が必要な東海道新幹線の危機とも受け取れる。その切実な声を遮るように川勝知事は切り返した。
「仮に、トップクラスの科学者や技術者が、水を全量戻せなかったとしたらどうしますか」
関連記事
これはおそらく、金子社長の覚悟をただす意図だったと思う。面談の時間も超過し、締めくくりをキメたかったかもしれない。しかし、この問いに答えるには金子社長は実直すぎた。「仮にという話は難しい。有識者会議で幅広い議論をしてもらいたい。最終的には大井川の水を使っている方々が困らないようにするほうが大切」と説明した。
ここで「できなければやめる。しかし、解決できると信じている。なぜなら私たちは運命共同体でしょう。リニアへの思いが同じなら一緒に頑張っていただけませんか」と相手を巻き込む回答がカッコよかった。もっとも、やめると口に出せば言質を取られるリスクもある。川勝知事の質問はかなりひどい。問題解決を放棄しているように思える。
川勝知事はしつこく「できなかったらどうする」と問い続ける。もちろん川勝知事には守るべき水と、生態系と、南アルプスの景観がある。しかし、ここにきて「できなかったら」という問いは不誠実だ。一滴たりともという議論を蒸し返すなら、「全量」の再定義から始める必要がある。物理的に流れる水の全量か、大井川流域10市町が得られるべき「全量」か。これはもう政治的な判断になる。
静岡県側はたびたびこのような議論をふっかける。だからちゃぶ台返しだのゴールポストが動くだのと批判を受ける。金子社長は冷静に回答を避け、有識者会議には前向きな議論に期待していると述べるにとどまった。川勝知事は追及を諦めたようだ。覚悟を問うだけが目的だったら稚拙だし、本気で問うているなら「リニアに反対ではない」「運命共同体」という言葉の真意を問いただしたい。
工事の定義が曖昧のまま……
[1:14:45] 工事の定義が曖昧のまま……
さて、川勝知事は国交省に対する批判を始める中で、金子社長は本題に戻そうと必死だ。「知事とやりとげたい。ポジティブな気持ちで前に進みたい」。ここで一瞬、川勝知事の「はい分かりました」の相づちが入る。続いて、金子社長が「今日はヤードの話がご了解いただけなくて残念ですが……」。すると、川勝知事はあっさりと「条例にかければ良い話ですから」。
これには金子社長もやや驚き「条例が通ればいいんでしょうか」。川勝知事「もちろんです。条例では専門部会できちんとやりますから、私は1ヘクタールでも許可を出せる。しかし5ヘクタール以上になれば……」
さらに、工事の定義にも言及した。川勝知事は「われわれは本体工事とは別で、活動拠点工事と言っている」。これに金子社長も拍子抜けのようで、「条例は大切で、条文には常識的な事柄が書かれている。この件は専門家会議、その次の有識者会議で検討される話とは別という理解ですが……(よろしいのでしょうかという含み)」
これに対して川勝知事は、5ヘクタールの自然環境保全協定の説明を繰り返す。「昭和48年から一貫してそういう流れになっている」。そこで、金子社長が「実務的にお伺いしたらいいということか」と念を押す。川勝知事は「そうですね」と応じる。続いて「地質調査も、山梨でボーリング調査をやって、静岡ではやってない。それでは静岡の地質が分かっているかどうか。地質を見つけるためにはボーリング、そのための平地作り、そういうのはどうぞやってください」と続けた。「トンネル工事本体と別個のものであれば、一つ一つ納得の上でいけば、アタマからNOとか、行けという話ではない」
関連記事
金子社長は「実務的な問題であるならば、お問い合わせをして、早く進めていただけるものならありがたいし」と言い、川勝知事も「そうですね」と返す。そして、「もっと実質的な審議に時間がかかってしまうのであれば難しい問題だと思っていた。今の知事の話だと、そんなに難しい話ではないのかと」「条例は守るべき準拠するものなので、それがヤードに関わることでクリアできればね」と続く。
金子社長に安堵の表情。笑顔も見える。「ヤードは先ほども言いましたように掘ったりしませんので、準備をしているだけなので、ぜひご理解いただいて」。この間、川勝知事は何度かうなずく。そして、「私もあなたの立場だったら同じことを言うでしょう」で、互いに笑顔で終了となった。動画はお土産のお茶とお酒を渡す場面で終わる。
ヤード工事の許可は知事権限では出せない。しかし道筋は見えた。
新聞報道は「物別れ」などと否定的だけど、動画を見れば多くの人は「リニア整備」「環境への配慮」で一致。双方に置かれたいくつかの誤解を解いた。ヤード工事についても知事の了承を得て、あとは手続きのみ、という前向きな印象を持つはずだ。
川勝知事の即答はない。しかし工事着手の見通しは立ったと解釈できる。しかし、その期待は面談後の単独会見で裏切られた。さて「不誠実」はどちらだろうか。私の見立てとは異なる印象を持つ向きもあるだろう。ぜひ動画を丁寧に見て判断してほしい。
(7月6日公開「解説編」に続く)
関連記事
https://news.google.com/__i/rss/rd/articles/CBMiQGh0dHBzOi8vd3d3Lml0bWVkaWEuY28uanAvYnVzaW5lc3MvYXJ0aWNsZXMvMjAwNy8wNC9uZXdzMDEwLmh0bWzSAQA?oc=5
2020-07-03 22:00:00Z
52782527553479
Bagikan Berita Ini
0 Response to "認識のズレはどこで起きた? JR東海社長と静岡県知事の「リニアトップ面談」にツッコミを入れる【後編】 - ITmedia"
Post a Comment