関西の鉄道各社が、QRコードやクレジットカードに対応したキャッシュレス乗車サービスの導入を加速させている。増大する訪日客の利便性を高める狙いのほか、将来的な磁気乗車券の廃止を視野にQRコードの導入を進める。長年親しまれた紙のきっぷは消えていく流れだが、各社の戦略や導入スピードには差があり、将来的な決済サービスがどのような姿になるかはまだ見えてこない。
訪日客の取り込み狙う
大阪メトロなんば駅の改札では、訪日客の家族連れがスマートフォンを改札にかざし、次々に駅構内に入場する光景が見られた。彼らが通過していたのは、QRコードに対応した改札だ。
大阪メトロや関西の大手私鉄、バス会社などが加盟する「スルッとKANSAI協議会」は6月、QRコードの共通乗車券などを販売する新施策「スルッとQRtto(クルット)」を開始した。大阪メトロは鉄道と傘下のバスが乗り放題になる企画乗車券を発売。阪急電鉄は1日乗り放題券、京阪電気鉄道は乗り放題券のほか、遊園地「ひらかたパーク」の入園券と鉄道の乗車券が一体化した企画券などを販売する。スルッとクルットのサイトから購入すれば、QRコードがスマホなどの画面上に表示できるようになる仕組みだ。
各社がQRコードの導入を進める理由の一つに訪日客の取り込みがある。スルッとクルットのサイトは英語や中国語などにも対応し、訪日客は事前に購入すれば改札などで並ぶ必要もなく、スマホさえあればスムーズに移動ができる。
改札機に高額の維持管理費
既存の磁気乗車券の将来的な取り扱い停止をにらんだ動きでもある。磁気乗車券の改札機は紙のきっぷが内部を通る際に詰まることが多く、そのたびに修理が必要になるなど、維持・管理が極めて高額であるという問題がある。
京阪は令和11年度までに磁気乗車券を廃止し、QRコードを使ったきっぷに全面的に移行する計画で、永田直人営業推進部課長は「QRコードは磁気乗車券に代わる形態で、コスト面でも最も優位だ」と言い切る。
クレジットカードを改札にかざすだけで乗車できるタッチ決済導入の動きも広がる。すでに南海電気鉄道が20以上の駅で対応しているほか、阪急や阪神電気鉄道、近畿日本鉄道が年内の導入を計画している。
各社の戦略に大きな相違
ただ、各社が進めるキャッシュレス乗車サービスは、そのスピードや内容に差がある。利用者にとっては、交通系ICカードのようにそれ1枚あればすべての鉄道に乗れるのが理想だが、QRコード決済についてはまだ道半ばといえる。
スルッとクルットでは、参画する鉄道各社の路線を共通して乗車できる券が販売されているものの、同サイトで独自の乗車券を販売するのは阪急や京阪で、南海や近鉄は自社サイトで販売するなど戦略の違いが浮き彫りになっている。
南海は3年にQRコードの対応サービスを開始しており、関西国際空港に乗り入れる特急「ラピート」の乗車券などを購入できる。外部の旅行サイトなどを通じた拡販も進める。クレジットカードのタッチ決済導入も同年と、キャッシュレス対応が特に早かった。
近鉄も、4年にQRコードを活用した独自の企画券の販売を自社サイトで開始した。スルッとクルットで販売するかは「検討するが決まったことはない」(担当者)との立場だ。
関西の鉄道事情に詳しい東洋証券の安田秀樹シニアアナリストは「QRコードのシステムは各社で仕様が異なる。利用に合わせてポイントを付与する会社もあり、それも各社の戦略の差を生んでいる」と指摘している。
もともとはデンソーが開発
関西の鉄道各社が導入に動き出したQRコード決済だが、欧州を中心とした海外ではすでに常識になっている鉄道の乗り方だ。日本では乗車の際には磁気乗車券が長らく愛用され「ガラパゴス」といえる状況にある。
欧州では、インターネットで乗車券を購入するとメールなどでQRコードが送られてくる。これを読み取ってもらうことで列車に乗車する。電波状況などもあるため、QRコードを紙に印刷して使用する人も一定数いるが、窓口や券売機へ足を運ぶことは少なくなっている。この方式は10年ほど前でもすでに普及していた。陸続きの欧州では複数の国を通過する列車もあるが、QRコードがあれば乗車が可能だ。
QRコードはもともと日本のデンソーが開発した二次元コードで、バーコードよりも多くの情報を記録でき、高速での読み取りが可能となる。航空券でも早くから使われており、特に日本の鉄道で導入が遅れている。鉄道において、日本は車両では新幹線など高速鉄道を中心に高い技術を持ち、英国や台湾など海外へも輸出しているが、乗車システムでは独自路線が続いていた。
ただここにきて、関西以外でもQRコードの導入が進む。首都圏ではJR東日本や京浜急行電鉄、京成電鉄など8社が5月、令和8年度末から順次、磁気乗車券を廃止し、QRコードを印刷した乗車券に転換すると発表。九州でも、JR九州が今秋から主要特急列車の運行区間でQRコードに対応した乗車券を販売する。ガラパゴスの脱却なるかが注目される。
データ活用で変わる各社の戦略 岩井コスモ証券シニアアナリスト・饗場大介氏
関西の鉄道業界でQRコード対応などが進む理由は複数ある。訪日客の利便性向上はもちろんだが、駅の窓口業務を削減し省力化できる。何よりも、メンテナンス費用が高額な紙のきっぷが通る改札を利用しなくて済むようになる。
QRコードやクレジットカード決済の導入で各社の戦略に差が生じる背景には、各社が決済時に取得できる利用者データの扱いがあるのではないか。例えばある社が独自のQRコードのサービスを展開しようとする場合、そこで取得される利用者のデータを自社で管理したいという思惑があるのだろう。
データ活用は各社の今後の経営戦略とも密接に絡んでいる。沿線の顧客に新たなサービスを提供する上でも、乗客のデータは重要な役割を担う。
クレジットカードのタッチ決済は手数料を取られることから導入に否定的な会社もある。ただ手数料は利用額が増えるほど、その利率が低減すると理解している。カードを利用したい訪日客の乗客が多い鉄道事業者ほどサービス導入に前向きなのは、それが理由ではないか。
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2024-07-13 07:00:00Z
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