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「一律賃上げは非現実的」 経団連が弱音を吐き、かつての「勝ちパターン」も崩壊した今、働き手はどうするべきか - ITmedia

 春闘が始まりました。今回はコロナ禍もあり、労使交渉の在り方は例年になく難しそうに映ります。日本経済新聞は、「経団連会長、日本の賃金『OECDで相当下位』 春季交渉 」と題する記事で報じています。

 記事では、新型コロナウイルス感染拡大の影響で一律の賃上げ方針を見送ったことなどが伝えられていますが、それだけではなくテレワークの推進や人事評価の在り方など、働きやすさや働きがいに関するテーマも議論の対象となるようです。

 春闘といえばやはり「賃金交渉」というイメージがありますが、労働者が求める条件が多様化してきている中で、交渉内容も複雑化していかざるを得ない面があるようです。そのため、労働者の声をまとめる難易度も高くなります。

 例えば、何が何でも賃金を増やしてほしいAさんと、賃金よりも休日を増やしてほしいBさんがいた場合、最も望ましいのは賃金と休日のいずれも増やしてもらうことです。

 ここで仮に双方の要求を企業側が検討し、時間当たりで換算した賃金は増やすが、休日が増えた分は賃金を差し引くことになった場合を考えると、総支給額は減少してしまう可能性があります。総支給額の減少は絶対に受け入れられないAさんに対し、Bさんはそれでも休日が増えた方がいいと考える場合、AさんとBさん、2人の労働者の間で利害が一致しないことになります。

 つまり、AさんとBさんの利害を一致させようとすると、休日を増やした上で、賃金の総支給額も増えるように経営側に要求しなければなりません。それはかなり難易度の高い交渉となりそうです。

労組の推定組織率は16.7%

 厚生労働省が発表している労使関係総合調査によると、2019(令和元)年の労働組合推定組織率は16.7%です。

厚生労働省「労使関係総合調査」から筆者が作成

 単純計算で、雇用者のおよそ6人に1人しか労働組合に加入しておらず、労働者の8割以上は労働組合の活動を当事者として認識していないことになります。また、労働組合の組織率は大手企業の方が高い傾向にあるため、春闘などの活動に対して、中小企業で働く人は「大手企業で働く労働者だけの取り組み」と冷めた目で見てしまいがちだともいえるでしょう。

 では、春闘のような労使交渉の意味は既に失われているのか? というと、そうとも言い切れません。

トヨタ自動車の例に見る、春闘の可能性

 トヨタ自動車は、オウンドメディア『トヨタイムズ』で自社の春闘の様子を公開しています。そこでは賃金交渉だけでなく、労使の代表がキャリア形成やマネジメント、組織体制の在り方などについて真剣に意見を交わす姿が映し出されています。

 「専門性を高めていくために、上司との面談でもっと具体的なフィードバックが欲しい」

 「技能・意欲を高め続けていくために、全てのメンバーにその機会を等しく与えて欲しい」

 「部署や領域をまたいで俯瞰した観点から実務レベルで適切な意思決定ができるように、優先順位や情報について共有の在り方を見直してほしい」

 労働組合側から、これらの意見が要求として出され、それを役員などのマネジメント層が真摯に受け止めて回答するというやりとりを見ると、会社運営に良い影響を与える建設的な議論になっているように見受けられます。

 労使がなれ合いになってしまってはいけませんが、互いに緊張感を持った中で、トヨタ自動車のように賃金交渉だけでなく、職場の改善点を真摯に議論しあう場としての機能は、意義あるものだと考えます。

 しかし、労使交渉の場でどれだけ建設的なやりとりがなされていたとしても、自分事と捉えることができず、やはり冷ややかな目で見てしまう人はいるはずです。そのように見てしまう根底には、労働者側の“標準的勝ちパターンの崩壊”があります。

サラリーマンの「標準的勝ちパターン」は崩壊

 夫は終身雇用で勤め、妻は専業主婦。高度成長期のころに確立したといわれるスタイルは、一時期まで中間層の「標準的勝ちパターン」といって良かったと思います。しかし今では、その残像を引きずりつつも徐々に失われ、共働き世帯の数が専業主婦世帯の2倍超となっています。

専業主婦世帯と共働き世帯の数は、40年で激変(出所:労働政策研究・研修機構公式Webサイト「早わかり、グラフでみる長期労働統計」)

 標準的勝ちパターンが失われつつあるのにはさまざまな要因が絡んでいますが、労働者側の意識変化の面では大きく2つ挙げられます。一つは、企業と労働者との関係性の変化です。

 以前、「『週休3日』『副業容認』は各社各様 “柔軟な働き方”を手放しで喜べないワケ」という記事でも触れたように、経団連の中西会長は、終身雇用という仕組みが制度疲労を起こしていると訴えました。

 終身雇用の考え方は、言い換えれば社員の生活を生涯にわたって企業が守るということです。しかし、経済環境の急激な変化やグローバル化による市場環境の激化が進み、雇用を守り続けることが難しくなっているのは事実です。それが難しいとなると、俗に正社員と呼ばれる働き方で就職すれば終身雇用で生涯安泰、という標準的勝ちパターンは成立しなくなります。

 結婚を機に退職することを寿退社と言いますが、寿退社して専業主婦として生きていく女性はかつて「永久就職した」といわれました。それが一般的だったころを古き良き時代と見るか否かは人それぞれですが、夫が正社員として終身雇用されるのとセットで、当時の女性にとっては標準的勝ちパターンだと思われていた面がありました。

 そんな、「夫は終身雇用・妻は永久就職」という組み合わせが標準的勝ちパターンと思われていた時代は、企業側の弱体化に伴い終わりつつあると誰もが感じていると思います。女性の意識も大きく変わりました。女性活躍推進が国の政策となり、少しずつではありますが女性管理職の比率も増えてきています。昨年、私が所属するしゅふJOB総研で、仕事と家庭の両立を希望する働く主婦層に対し、10年後の夫婦のワークスタイルはどうなっていると思うか調査したところ、「夫婦対等に共働き」が増えると回答した人が6割超に及びました。

出所:しゅふJOB総研「働く主婦の10年後の未来」に関する調査

 そこで飛び出た経団連会長の発言は、標準的勝ちパターンが成立した時代の終わりを決定づける最終宣告だったと言えます。

コロナ禍でさらに加速した価値観の多様化

 標準的勝ちパターンが失われつつある要因といえる労働者側のもう一つの意識変化は、価値観の加速度的な多様化です。

 先ほど事例として出したAさんとBさんは、賃金重視と休暇重視というざっくりとした違いを抱えている2人でした。しかし、ひとえに賃金重視といっても、「できれば成果報酬型で桁違いの賃金を得たい」と考える人もいれば、「年俸制で安定的かつ一定水準以上の賃金を得たい」と希望する人もいます。当然ながら休暇重視の人でも、「まとまった長期間の休みを取りたい」という人もいれば、「自分が休みたいときに自由に休みたい」と望む人もいるでしょう。

 こうした違いは、今でこそ価値観の多様化という文脈で肯定的に受け入れられる雰囲気ができてきましたが、終身雇用が標準的勝ちパターンとして成立していた時代には、単なるわがままと受け取られがちでした。遅く出勤したり、退社時間を早めたり、仕事を休んだりすることには、ある種の後ろめたさが付きまといました。「すみません。用事があるのでお先に失礼します」と、まくら言葉に「すみません」をつけるのが当然といった具合です。

 今でも「すみません」文化は多くの職場で見られますが、その根本的な要因は退社時間を早めたり仕事を休んだりすることで職場に何らかのしわ寄せがいってしまうという業務設計上の問題です。業務設計上の問題をクリアしない限り、仕事を休んだりすることへの後ろめたさが完全に消えることはないと思います。

 しかし、労働者の意識は業務設計の改善や職場改革を待たずに、どんどん進化していきます。価値観多様化の流れは以前からありましたが、その流れが加速した大きなきっかけの一つがコロナ禍です。

 コロナ禍で出勤時間を遅らせたり、在宅勤務したりするケースが増えたことで新たな課題も生まれましたが、多くの成功体験も生まれました。

 「必ずしも全員が同じ時間に出社しなくてよいのではないか?」「テレワークがしやすくなれば、毎日地獄のような通勤ラッシュを味わわなくてもすむのではないか?」――これまで抑圧され、深く考える機会すら生じなかったこうした疑問に、コロナ禍をきっかけとして多くの労働者が気付くことになりました。それは確実に労働者の意識を変化させています。

 終身雇用される代わりに、毎日通勤ラッシュにもまれて出社しなければならない。転居を伴い、家族が離れ離れになる異動にも応じなければならない。それなら終身雇用でなくとも、もっと自由で快適な働き方を選びたい。そう考える人にとっては、かつて標準的勝ちパターンだった働き方など、もはや負けパターンでしかありません。

かつての標準的勝ちパターンは、もはや負けパターンに(出所:ゲッティイメージズ)

個人の交渉力を高めることも必要

 労働者の希望は、突き詰めていくと全員が完全に一致するということはないはずです。価値観の多様化が加速度的に進む中、むしろ労働者個々の希望のズレは大きくなる方向に進んでいると言えます。

 個々の労働者の価値観が加速度的に多様化している現状を考えると、冒頭で紹介した労働組合の組織率16.7%はまだ健闘しているようにも思います。今、日本中で雇用されて働く人の数は6000万人を超えます。本来、労働者の希望は少なくとも6000万通りはあるということです。働く人全てが満足できるようにするには、6000万人の希望が遍く個別最適化される仕組みを作り出す必要があります。

 労働者が困ったとき、組織と闘いたいとき、労働組合やユニオンは頼りになる存在です。一方で、個別最適化するには自分自身が有する交渉力を高めることも重要になってきます。

 雇用や労働に関する情報、法制度などの知識を学んでおくことも交渉力を高めるためには必要です。そしてもう一つ、個人としての発信力を高めておくこともおすすめします。

 パワハラなどの陰湿な嫌がらせがそうであるように、不健全な圧力は得てして密室の中で起こりがちです。今はSNSなどを通じて、誰もが世界中に向けて発信することができる時代です。それは、いざというときに自分の身を守る武器となり、力となります。

 社会の仕組みも変えていかなくてはなりません。しかし、標準的勝ちパターンが崩壊し過渡期にある現在、まずは自分で自分を守り、交渉する力をつけるために何ができるかを考え、備えておくことは喫緊の課題として認識しておくべきなのではないかと考えます。

著者プロフィール・川上敬太郎(かわかみけいたろう)

1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業。テンプスタッフ株式会社(当時)、業界専門誌『月刊人材ビジネス』などを経て2010年株式会社ビースタイル入社 。2011年より現職 (2020年からビースタイル ホールディングス) 。複数社に渡って、事業現場から管理部門までを統括。しゅふJOB総研では、のべ3万人以上の“働く主婦層”の声を調査・分析。 『ヒトラボ』『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰。NHK『あさイチ』など、メディア出演・コメント多数。 厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。 男女の双子を含む4児の父。


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2021-02-07 20:00:00Z
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