iPhone 12 mini / 12 / 12 Pro / 12 Pro Maxと、4モデルが同時発表となった今年のiPhoneはある意味、想像した通りの進化を遂げていたが、想定以上の部分もあった。個人的に想定外だったのは、カメラ画質の更なる向上だ。
iPhone 11世代において、A13 Bionicの能力向上とともに内蔵カメラの画質が大幅に良くなっていたのだが、iPhone 11をベストセラー製品に引き上げたあのカメラがiPhone 12世代ではまるで時代遅れかのように、さらなる高画質化を遂げていた。
またDolby Vision対応とされるHDR動画撮影機能も素晴らしい。この機能は最大1200nitsまでブーストされるOLEDディスプレイで鑑賞することにより、まるで窓を通じて実際の風景を見ているかのようなリアリティの高い体験をもたらしてくれる。
ここまで完成度の高く、なおかつイージーなHDRの動画撮影システムは他に存在しない。Appleは自社製品(iPadやApple TV、Macなど)でHDR動画のサポートに熱心だったこともあり、新しいiPhoneで撮影したHDR動画をそれぞれのデバイスが持つ能力に合わせて楽しめる。
ただし、全てを賞賛するつもりはない。
12 Proと12 Pro Maxに搭載されたLiDARスキャナの活用に関しては、想像していた範囲よりもずっと狭い領域でしか使われていないようだ。暗所での撮影を軽快にはしてくれるが、明所での撮影体験にLiDARスキャナは寄与していない。
ここではiPhone 12とiPhone 12 Proの内蔵カメラについて、実際の作例を見ながら紹介していきたいと思う。
12と12 Proの違いは望遠カメラの有無だけではない
まず始めに、今回の作例はほとんどを12 Proで撮影した。12と12 Proのカメラの違いは、望遠カメラとLiDARの搭載であり、12 Pro Maxのように広角カメラのセンサーサイズ拡大など、画質面を大きく左右する違いがないためだ。
ただ、それ以外が全く同じというわけではない。
両者の違いは主に、iPhoneが行えるコンピュテーショナルフォトグラフィーの処理内容によるものだ。iPhone 12は4GB、iPhone 12 Proには6GBのRAMが搭載されている。つまり2GB分、Proの方が多いわけだが、その分だけメモリ上にカメラからの情報、及びA14 Bionicで処理した分析レイヤを置いておく場所が確保できるわけだ。
現時点で両者の静止画カメラ機能に制約はないが、動画撮影時にはあり、iPhone 12では4K/60PのHDR撮影が行えない(30Pまで)。これはセンサーからの情報を取り出し、HDRで適切に切り出す処理を行えるだけのバッファが取れないからと推察される。
また、年末までに追加予定のApple ProRAWフォーマットも12 Pro(と12 Pro Max)のみの対応だ。このフォーマットはカメラRAWに加え、A14 Bionicが分析したコンピュテーショナルフォトグラフィー処理結果をレイヤ情報として付加したものになる。
RAWデータと分析レイヤの両方をバッファし、一つのファイルにまとめて保存するには大量のメモリが必要と想定される。この機能差もまた、搭載メモリによるものだと思われる。なお、この搭載メモリの差は(常にカメラ機能が動作する可能性を考えれば)通常のアプリ使用時には影響しない、あるいはほとんど感じないはず。なぜならカメラのためにある程度、利用するメモリが予約されている必要があるからだ。
……と、このような違いはあるものの、両者の差は一般にはあまり気にする必要のない範囲に収まっていると思う。
LiDARは暗所で活躍するが、明所では活きず
このあとさんざん12 / 12 Proのカメラ画質を褒めることになるが、その前に一つ残念な報告をしておきたい。
今回、12 ProにLiDARが搭載されることになり、ひとつ期待していたことがある。それはLiDARでスキャンすることで、被写体と背景の分離、被写体形状の認識がある程度(解像度は高くない)できるようになり、Face IDカメラを使った時のような、より詳細なDepth Map(深度情報マップ)が得られ、それによってポートレイトモードの最短焦点距離が短くなったり、より高い精度の背景分離ができたりするのでは? と予想していたのだ。
ところが、少なくとも現バージョンでは明所の撮影時は従来と同じように、三つのカメラの視差情報を用いる方式から変化していない(暗所ではLiDARを用いたポートレイトモードがある)。
このためポートレイトモードにおける最短撮影距離は変化しておらず、iPhone 11世代と同程度は少なくとも離れなければ機能しない。また背景の分離もLiDARの情報は使っておらず、これまでのようにグラスの縁やワイングラスの脚が溶ける現象は変わらなかった。とはいえ、Neural EngineとISPの能力が向上しているため、分離精度そのものは計算能力分だけ上がっている。
作例では距離が同じはずのワインボトル中央縁がボケている他、ワイングラスの描写が不自然になってしまっている。ワインボトルの誤ったボケは、エチケット(ラベル)のシワを誤認した可能性がありそうだ。機械学習やニューラルネットワーク処理による背景分離には、こうした想定外の画像に対する柔軟性にまだ課題を残している。
一方、暗所ではLiDARの情報を使ったポートレイト撮影が可能となっており、将来的にはLiDARの活用範囲が広がる可能性が残されているのかもしれない。ただ、現時点では「ポートレイトモードの動作精度は計算能力分だけ上がった」程度に考えておくべきだ。
「ホワイトバランス/トーンマップ/暗部階調」が三大改善点
さて、iPhone 12 Proのカメラを使い始め、すぐに気づいたのはホワイトバランスの的確さだ。ホワイトバランス次第で写真の印象は大きく変化する。スタジオで撮影するわけではないため、複雑な光が混ざるミックス光での撮影がほとんどだろうが、どんな場面でも適切な温かみを伴ったホワイトバランスとなるため、とても印象がいい。
例えば、次の作例は夕方、陽が落ちかけている時間帯、ビルの谷間の日陰で撮影したものだが、iPhone 11 Pro Maxで撮影した写真と比べてみると、ホワイトバランスの違いが明確にわかるだろう。
他にも何か所か日陰で撮影することがあったが、きちんと日陰であることがわかりつつも、スキントーンは心地よい健康的なカラーとなってくれた。
また、顔の輪郭部や首の影になっている部分など、シャドウに引き込む部分の階調が豊かで色乗りが良いことも印象的だ。iPhone 11 Pro Maxの写真ではシャドウへの引き込みが強いだけでなく、急速に色が抜けていくためコントラストを強調したような絵柄になっている。
次に超広角での風景写真を見ていただきたい。
ここでの注目点は空。iPhoneは2世代前からSmart HDRという二つの異なる露出のフレームから得られる情報を使い、被写体に適した描写となるようトーンマップを調整する機能がある。機械学習処理で、被写体ごとに適した処理を行うのだが、今回は空の認識を行うことで、青々とした空が表現されている。
よくある処理と異なるのは”塗りつぶし”ではないこと。あくまで異なる露出のRAWデータから、どのように情報を取り出してトーンマップするか、という話なので、コントラスト差の激しいシーンでも空と陰の両方が適切に描かれている。以前ならば2枚の異なる露出のRAWを手動で現像しながら調整していたことを、A14 Bionicが行っているわけだ。
最後に超広角でモデルを写し込みながら、空を見上げて撮影した写真を紹介しよう。
日陰になっているレンガの壁、モデルの姿、ひなたの街並み、そして空。それぞれ明るさのレンジは大きく違うはずだが、どれもきちんと描写されて、それぞれが納得感ある立体的な仕上がりになった。絵作りだけではとても生成できない写真と言えるだろう。
より積極的に明暗のレンジを使うように
絵作りの面では、ホワイトバランスや暗部階調の改善もあってか、全体に色乗りが良い印象だが、一方でハイライト部や点光源が”ヒュン”と伸び切るように描かれ、輝き感を強く感じる絵作りになっている。
中でも食事の写真でとりわけ強く感じる。店内の照明が綺麗ということもあるが、器の反射光や食材のツヤっぽさがうまく表現され、色が豊かなことに加えて、瑞々しさのようなものが伝わってくる。
単に自動レタッチでの補正処理ではないことは、湯気の立ったスープの写真が適切に描写されていることからもわかる。
こうしたちょっとしたキラリ感が出る一方で、滑らかな階調で描くべき部分は滑らかにグラデーションをかける。カフェ店内での写真では前述したようなシャドウ部の階調やホワイトバランスにも違いが見られるが、照明やグラスの輝きの部分など、細かな点光源の描写が的確で、全体がパリッとした印象の写真となっている。
明暗のレンジを積極的に使い、被写体ごとに局所コントラスト明確に付けて描写しているのだろう。この辺りは素直に全体に画一的な処理を行っているというよりも、ケースバイケースでかなり細かな判別を行ってるように感じられる。
他にもいくつかの作例を掲載しておくので、ご覧になっていただければ幸いだ。
いくつかセルフィー写真も混ぜているが、インカメラについてはiPhone 11と全く同じ仕様。にもかかわらず、明らかに画質がよく見えるのは、A14 Bionicによるコンピュテーショナルフォトグラフィーの成果と言っていい。
実は静止画よりも驚いたイージーなHDRビデオ撮影
実は今回、もっとも驚いたのはHDRビデオの撮影だ。
通常、HDRビデオはRAWやlogで撮影しておき、あとから編集でトーンを割り付ける(グレーディング作業という)。A14 Bionicはこのグレーディング処理を自動的に行うようで、発表会ではDolby Visionに対応しているとアナウンスされた。
まだ試用し始めて時間が短いため、完全に把握できているわけではないが、HDRグレーディングを実に上手に行ってくれるため、ユーザーが意識してHDRについて考える必要はない。単に撮影すれば、自動的にHDRで記録され、転送時に必要ならばSDR(通常ダイナミックレンジ)に変換される。
iPhone 12 / 12 Proのディスプレイは最大1200nitsを表示可能なHDR対応であるため、端末内で撮影した映像を見る限り、HDRの豊かな色彩や現実感の高い映像を楽しめる。iPhone 11 Proもここまでではないが、HDRらしい映像を表示可能で、それはiPad Proでも同じだ。それぞれディスプレイの能力に依存はするが、Apple製品間であればiCloudを通じて適切にデータが同期され、その品位を保つことができる。
さて、このHDRビデオを使って自前のHDRビデオ作品を作ることができるだろうか? これについては結論から言えばできるのだが、入手できるデータはDolby Visionの映像ストリームではない。
Dolby VisionはSDRデータを基礎にHDRの差分データを重畳したストリームデータなのだが、AirDropでMacに転送してみるとビデオデータはHEVCで圧縮された10ビットのHLG(ハイブリッドログガンマ)だった。Dolby Visionは12ビットで、かつPQカーブなので全く別フォーマットのファイルということになる。(色域は4K標準のBT.2020)
だが業界標準の形式ではあるので、このままHDRビデオ編集に対応するアプリケーションでロードするとHDR動画を編集できる。
この辺りのノウハウは書き始めると、かなりの長文になるため割愛(あるいは別の記事で紹介)することにしたいが、現状、YouTube向けの共有プラグインなどを通すとHDR情報が落ちてしまう。これはiOS用iMovieでも同じで、編集画面上ではHDRになっていてもYouTubeではHDR情報が落ちて、少しおかしなトーンマップになってしまう。
HDRビデオを正しくHDRビデオとしてYouTubeにアップするには、いったん、Apple ProResなどのHDRを扱えるフォーマットに書き出してから、直接、YouTubeにアップロードする必要がある。
暗所での画質も良いがマイクの優秀さも
動画の作例ではラジオパーソナリティを目指しているというモデルの女性に、ビデオ撮影しながらしゃべっていただいた。手持ちでの簡単な撮影だが、暗騒音の拾い方や声のトーンとのバランスなど、マイク品質の高さを強く感じる。また背景に写り込んだ照明などの点光源などにHDRの効果が認められた。
クラブでのDJプレイを撮影したビデオでは、かなりの低照度にもかかわらず破綻ない映像だ。イルミネーションの色がしっかりと乗っているところはHDRビデオならでは。これをSDRに変換するとあっという間に破綻してしまう。
別途、SDRの映像も紹介しておくので見比べてほしいのだが、端末がHDR再生対応でなければ正しく描写されない。HDR対応テレビを用いるか、あるいはHDR対応スマートフォンやタブレット、パソコンなどで確認してみて欲しい。
おまけ:最後にひとつの残る謎
取材の中でも明らかになっておらず、個人的に気になっていることがひとつある。それは静止画もHDRで記録されているのではないか?ということ。
iPhone 12 / 12 ProのディスプレイはHDRコンテンツを表示する時”だけ”、輝度がブーストされる。HDRビデオ再生時、一瞬、遅れて高輝度モードになる様子を見ることができるので、実機を手にすればすぐにわかるだろう。
ところが、この一瞬遅れて高輝度部がブーストされる振る舞いは、静止画を表示する際にも見られるのだ。単に写真の見栄えをよくしているだけなのか、それともHDRで記録しているからなのかはわからない。
ちなみにAirDropでファイルを転送すると、ごく普通のHEIFファイルでHDRというわけではない(HIEFはHDR10対応で、HDRフォトを記録できる)。
「写真」アプリの中でも「HDR」といった表示はない(動画ではHDRビデオはマークが付けられる)のでHDRフォトではないと思うのだが、前述した絵作りの違いなどもあって、なぜこのような振る舞いになるのか判断しかねている。
https://news.google.com/__i/rss/rd/articles/CBMiOWh0dHBzOi8vamFwYW5lc2UuZW5nYWRnZXQuY29tL2lwaG9uZTEyLWNhbS0xMzAwMDUzMTcuaHRtbNIBPGh0dHA6Ly9qYXBhbmVzZS5lbmdhZGdldC5jb20vYW1wL2lwaG9uZTEyLWNhbS0xMzAwMDUzMTcuaHRtbA?oc=5
2020-10-20 13:30:41Z
52782810547073
Bagikan Berita Ini
0 Response to "いい意味で予想を裏切ってきたiPhone 12|12 Proのカメラ ホワイトバランスと暗部階調が劇的改善(本田雅一) - Engadget日本版"
Post a Comment